処方箋 和泉真弓
寝ても起きても具合が悪いって?
ああ、おねえさん、横になっちゃあいけない。
横ってのはね、序列とか、秩序がないから。序列とか秩序がないかわりに和を絶やしちゃあいけないんだ。おかげで毎日が面従腹背だ。おねえさん、わかるよね?
女の人はね、横が好きだね。横はね、ちょっとでも高さに差が出ると、和が崩れる。そんなはずないって横並びの人たちが一斉に確かめてくるだろう。同調圧力って言ったりもするよね。
縦ができる人が、横の動きばっかりだと、病気になるね。
なんでヒトが脊椎動物に進化したか、二足歩行になったか、わかるかい、おねえさん。
実のところはわしにもわからん。わからんが、どうやら背骨が縦になるのは、生き物の進化の結果だって考えれば、進化の形が、今のところ二足歩行の、ヒトの形ってわけだ。
縦ってなんですか、って? おねえさん聡いねえ。そりゃあ頭が痛くなるわけだ。あ、そうそう、頭が痛いとか、腰が重いとか、慣用句を馬鹿にしちゃあいけないよ。そのまんまの症状が出たら、意味、考えてみ。だいたいなんか、心当たりあるから。
縦、ね。序列だし、秩序だし、境界だよね。情に棹させば流される。そもそも縦って意志がないと垂直に立ってられないわけね。だから、基準とかね、決まりとかね、一旦外にアウトソーシングするわけよ。みんな合意した基準だから従わないと、ってことにしておいた方が、横からの圧を個人で受け切らなくていいのね。好き好んで情を解さないんじゃない、みんなのためなんだってね。
縦には正義の性質がある。人間の好みっていろいろで、正義向きというか、そういうのが好きな人間ってのもたくさんいるわけ。横がやっと折り合って縦を作った草創期を知らないで、絶対的な縦の正しさを頼りに立っていようとする人間はどうも足腰が弱いところあるね。あなた個人はどうなのか、って問われると、答えるものを持っていないから、弱い。
おねえさん、寝ても起きてもってことは、横でも縦でもなんか具合が悪いわけだ。生きるてえのは、むつかしいことだね。おねえさん、ところで集中するの好き? ああ、好きなの。やっぱりね、頭痛い人には多いんだ。全然仕事に関係ないことに集中したらいい。アクセサリー作りとかね。趣味の資格勉強とかね。外から強いられる縦じゃなくてね、自分で縦の重力作るのはいい。背骨の進化だ。そこまでの元気がなかったら、露天風呂とかね。外国とかね。あんまり今の文化体系とか重力とか、関係ないところに行って呼吸するだけでいいよ。
ところで、これ、なんか便りが来てたよ。生命保険会社から、満期のお知らせだって。
更新するのかい?
そうかい。おねえさんがそうしたいなら、そうするのがいい。
お金は全方位的にそうとう有効な処方箋だ。
ああ、あと、こういう話を聞いてすぐなんか決断しちゃあいけない。
揺さぶるような話には副作用がつきものだ。
一週間ぐらい待って馴染んでからが本来だ。
鍼灸と一緒だね。
さあ、施術をはじめようか。
え、もういらないって?
いや、いや、こちらこそ、具合わるいのに長話してわるかったね。
おだいじに。
和泉真弓
臨床心理業に携わりながら、ジャンルとしては純文学に近い小説を書いています。
https://kakuyomu.jp/users/izumimayumi
横と縦のイメージで。侵襲的ないやな感じが後からやってくるものは、取り入れるのを待ったほうがいいよって、このおねえさんにはすごくいいたい。。